クジラの解体

どうしてクジラの解体を見に行ったか、というと、当時授業で博物館学をとっていて、先生のひとりが、某大学でクジラの解体に関わっていたからだった。 

30代の女性の先生で「何月何日にクジラの解体やるから、見たい人おいでよ」みたいな気軽な誘い方で、私たちは違う学校に行くのも、クジラの解体も面白そうだからと授業をサボっていそいそ出かけた。

先生は白衣を羽織って待っていてくれて、案内しながら、階段を登り「こういうとこ、ヒールの音コツコツさせるヤツさ、ムカつくよねー」とか、途中「もう疲れてさー。タバコ吸ってきていいかな?」等、終始気だるい感じで、その学校のイメージとだいぶ乖離していてむしろ私は好感をもった。

お目当のクジラは、なんと既に解体されていた。遠い海洋から大きいままでは運べないからだ。私たちが見たのはバラバラになった、腐敗の匂い漂うクジラの切り身だった。
その匂いはとても染み付いて、帰ってからも鼻からはなれなかった。ほかにイルカ的(忘れてしまった)な生き物(の切り身)も見せてくれたと思う。

そして倉庫内は真夏なのに冷蔵庫のように冷たく、長時間いたために体はキンキンに冷え、思考回路もややヘンテコになり、南極のペンギンてこんな感じかなーと思ったりした。見学が終わって外にでたら呆然とするほど暑くて開放感を感じた。

実は昨日の渡米する友人は、クジラの解体を見に行けなかったらしい。直前に風邪をひいて。
私の記憶では彼女も行ったことになっていた。
でも彼女は、私たちが見学後に「匂いが染み付くし寒かったから、行かなくて正解!」と言ってたよ、と覚えていてくれた。

クジラはもちろん有益に研究に使われただろう。そして先生は元気だろうか。
真夏の都心の隔離された不思議な空間だった。